2006年 08月 30日
我が町に、建築家 安藤忠雄氏がやって来た。 |
なんと、あの安藤忠雄氏が飯田に来てくれました。
8月26日残暑厳しい伊那谷に、しかも我が母校の小学校の体育館に来たのです。
飯田市歴史研究会の主催するシンポジウムの記念講演のため来飯されたのですが、こんな機会めったにないので、会社の設計スタッフ全員(といっても3人)と一緒に拝聴してきました。(女房も有名人観たさに参加。)
なにしろ我が母校の体育館は、昭和3年の木造建築で未だに現役。でもクーラーもないし、収容人数も200名くらいなので、定員オーバーでヒートしてしまうのではと心配していたのですが、あまり宣伝をしていないせいか、(飯田人はあまり建築家に興味がないのか?)程ほど満員で、たいした混乱もなく講演が始まりました。
開口一番、「飯田は遠いですねー、いつ着くのか心配でした。しかもクーラーのない体育館と聴いていたので、2,30人しか来ないのではととても心配でした」と本音がから始まり、あの大阪弁の独特の語り口で、建築やまちづくりについて持論を展開されました。
1時間半の講演でしたが、ほんとうにあっという間に終わってしまい、暑さも忘れて聞きほれてしまいました。(体育館の中は風通しが良いので思ったより涼しかった)
会場になった、追手町小学校体育館。写真に写ってませんが隣接の校舎は大正時代のRC造で保存運動を市民で行っています。安藤氏の写真は許可された方しか撮れませんでした。
次の日は、同じ会場で地元の建築家を代表して新井優氏の講演でした。彼は「伊那谷の森で家をつくる会」副代表もあります。安藤氏と同じシンポジウムで講演なんて、新井さんすごいですね。
体育館内部、木造建築で内部空間14間のスパンを実現しています。
築後78年、木造は強いのです。
8月26日残暑厳しい伊那谷に、しかも我が母校の小学校の体育館に来たのです。
飯田市歴史研究会の主催するシンポジウムの記念講演のため来飯されたのですが、こんな機会めったにないので、会社の設計スタッフ全員(といっても3人)と一緒に拝聴してきました。(女房も有名人観たさに参加。)
なにしろ我が母校の体育館は、昭和3年の木造建築で未だに現役。でもクーラーもないし、収容人数も200名くらいなので、定員オーバーでヒートしてしまうのではと心配していたのですが、あまり宣伝をしていないせいか、(飯田人はあまり建築家に興味がないのか?)程ほど満員で、たいした混乱もなく講演が始まりました。
開口一番、「飯田は遠いですねー、いつ着くのか心配でした。しかもクーラーのない体育館と聴いていたので、2,30人しか来ないのではととても心配でした」と本音がから始まり、あの大阪弁の独特の語り口で、建築やまちづくりについて持論を展開されました。
1時間半の講演でしたが、ほんとうにあっという間に終わってしまい、暑さも忘れて聞きほれてしまいました。(体育館の中は風通しが良いので思ったより涼しかった)
会場になった、追手町小学校体育館。写真に写ってませんが隣接の校舎は大正時代のRC造で保存運動を市民で行っています。安藤氏の写真は許可された方しか撮れませんでした。
次の日は、同じ会場で地元の建築家を代表して新井優氏の講演でした。彼は「伊那谷の森で家をつくる会」副代表もあります。安藤氏と同じシンポジウムで講演なんて、新井さんすごいですね。
体育館内部、木造建築で内部空間14間のスパンを実現しています。
築後78年、木造は強いのです。
by minoru-okura
| 2006-08-30 08:49
| 里山のくらし